蒲田で飲んだのは人生で1度だけである。
その時は、日本酒やホルモンを楽しんだ記憶がある。
蒲田餃子も堪能してみたかったのだが、何せ満腹になってしまい、諦めた。
この日は、ちょっと遠出した帰り道。
思い立って、蒲田に降りてみようかな、と途中下車。
頭の片隅には餃子があった。
よし、人生初の蒲田餃子となるのか。
商店街を抜ける。
点在する飲み屋さんと怪しげな安宿、および、怪しげなマッサージ屋さん。
そうだ、前来た時も、闇を感じる駅だと感じたなあ。
歩けど歩けど、以前気になっていた餃子のお店が見つからない。
雑多な街並みに疲れ始めたその時。
気になる看板が目に止まる。
「路地一献 ○ まる」
うーむ。気になる。
全然、餃子関係なさそうだけども。
路地裏を歩くのが好きで、酒も好き。
そんな会長が、この看板に引っかからないわけがない。
しかし、少し躊躇するのが急な階段。
店の中は全く見えない。
いやあ、どうしよう。
でも、メニュー見た限り、お酒のおつまみに美味しそうなものばかり。
よし覗いて怪しげだったら、すぐ出よう。
覚悟を決めて、一歩一歩登る。
見えて来た店内。
暗がりに細く長く続くカウンター席。
少し早い時間だからか、まだお客さんはいない。
会長の存在に気づいた中年の店主らしき方が笑顔で手を振ってくれる。
あれ、すっごい気さくだなあ。
と、一言。
「あれ、あ、初めましてだね。知り合いと勘違いしちゃった」
おお。
そういうことね。
ということは、女性も一人で飲みに来るお店なのだろう。
席に着く。
なんだか秘密基地みたいだ。
お通しの枝豆と、注文した鹿児島芋焼酎「三岳」のロックを置いた後、店主が尋ねる。
「あれ、お姉さんは蒲田にはよく来るの?」
「いや、実はあまり来ないんです。今日は、帰りの通り道だから、ふと思い立って途中下車してみたんです」
「へえ。よく、うちに入ろうと思ったね」と笑いながら答える店長。
「あ、そう、『路地一献』という言葉に惹かれまして」
「ああー。そうそう、うちこんな風にうなぎの寝床みたいに長い造りになってて、まるで路地でしょ、だから路地一献」
親しみやすい店主である。
「素敵な雰囲気のお店ですねえ」
窓の外の走る電車に目をやりつつ、答える会長。
「そうー、人によっては苦手と思う場合もあるみたいだけどね。でも、そう言ってもらえてよかった。ほら、おやぢも、けっこう好き嫌いあるからさ」
「え、親父?お父様と一緒にやられてるんですか?」
「いやいや、おやぢって、僕のこと。お客さんからは、『おやぢ』とか『おやぢさん』って呼ばれてるのよ。マスターだと喫茶店の人みたいじゃん」
なるほど。
会長が自身を会長と言ってるのと同じ感覚なのね。
と、若干の親近感が湧いた。
注文していたオムレツが机に置かれる。
オクラ入りのオムレツ。
和風のお味で美味しい。
久々の焼酎でスッキリ。
スイスイ飲んでしまう。
「お酒強そうだねー」
「いやあ、本当は日本酒が好きなんですけど。久しぶりに焼酎飲んだら、スッキリしていて美味しくて。おやぢさんは好きなお酒あるんですか?」
早速、図々しくも「おやぢさん」と呼んでみる。
優しい笑みがこぼれる、おやぢさん。
「おやぢもね、日本酒好きだよー。日本酒は何でも美味しいよね」
ふむふむ。
日本酒好きと聞いて、少し喜ぶ会長。
飲んだことのない鹿児島麦焼酎を注文してみる。
「太治兵衛」だ。
飲んでみてびっくり。
名前から想像するに、麦の強い味わいがあるのかと思いきや、どちらかというと軽くてフルーティーな華やかさもある焼酎であった。
合わせて「ニンニクきゅうり」をつまむ。
きゅうりがニンニク漬けされた状態で発酵しており、旨味がすごい。
酒飲みが喜ぶ漬物であった。
と、男性のお客さんがやって来る。
おやぢさんと男性の会話から、数回ほど来たことのあるお客さんであることがわかる。
リピートしたくなる気持ちがわかる。
ほどなくして、おやぢさんの奥様もやって来た。
おやぢさんはすらっとスマートで、奥様は身長小さめでふっくらしている。
お二方とも味のある雰囲気で、お似合いなご夫婦。
奥様が調理している背後を、おやぢさんが通り抜けるとき、そっと奥様の腰に手をやる様子を目撃。
思いやる様子が、とてもいい。
ほどなくして、男性客の奥様や友人たちも加わり、店内は賑やかになってきた。
と、途中、何だか異色な感じのお客さんがやって来た。
「よっ」
と会長の席の隣についたは、キャップを被った細身での目の大きな中年男性。
「今日もボート?どうだった?」
と尋ねるおやぢさん。
「負けたよー、金ねーよー」
と答える男性客の様子から、察する会長。
なるほど。
蒲田はギャンブラーが多くいる街でもあるのか。
と、コンビーフポテトがやって来る。
おやぢさん、曰く
「うちの料理、酒飲みにはたまらないだろう。お姉さん、普段は何食べることが多いの?」
うーん、と少し考えてから、
「そうですね。きゅうりはつい頼んでしまうおつまみで、あとは『ポテ』ってついていると、気になっちゃってオーダーすること多いです」と回答。
おやぢさん、
「子供か」と笑いながら突っ込む。
そう、何だか、ポテト系はどうしても気になっちゃうのだ。
美味しく全て平らげて、お客さんも増えて来たので、そろそろお会計。
隣のギャンブラーおじさまに言われる。
「お姉さん、蒲田はけっこう危ない奴もいるから、気をつけてね」って優しい。
きっと、おじさまは危なくない人なんだと思う。
結局、お腹がいっぱいで、今回も蒲田餃子を逃してしまった。
念願の蒲田餃子を味わえる日は今度の楽しみにしておくのだった。
「路地一献 ○ まる」
東京都大田区西蒲田7-1-5三楽ビル2F
03-5711-2380